マルチAIエージェントによる小説作成技法

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湿った国のかえりみち 表紙湿った国のかえりみち ポスター

湿った国のかえりみち — Shusuke O.

ぼったくられた上に車が壊れた。転がり込んだフィリピンの修理工場に、日本人がいた。黙って車を直し始めた。工場に出入りするタクシーの運転手は十九歳、旅行会社の夢を語る。手伝ううちに日が過ぎた。穏やかな時間のはずなのに、修理屋の横顔にときどき影がよぎる。三つの日常が重なっていく。

フィリピンの描写は筆者が実際に滞在した経験をもとにしています。技術書典20にて頒布。この記事は本書の巻末コラム「マルチAIエージェントによる小説作成技法」の拡張版です。

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本作は、自分の体験と構想をもとに、AIと共同で作成しています。チャットAIに直接「小説を書いて」と投げるのとは異なり、複数の専門エージェントが連携する「マルチAIエージェント」を小説執筆に転用しました。ソフトウェア開発の現場で急速に普及している手法です。AIに丸投げするのではなく、一貫性のある、人間の意図を反映させた作品を実現できます。

ソフトウェア開発用のAIエージェント(Claude Code)に複数の役割を与え、それらが連携する作業の流れを設計しています。現役のソフトウェアエンジニアとしての設計力と、小説の技術に対する理解の両方を投入した試みです。

五つの役割はプロットを設計する Plotter、文章を執筆する Writer、多角的にレビューする Editor、キャラクターの言動に矛盾がないか検証する Character Checker、そして設定情報を一切見ずに純粋な読者として感想を返す Reader です。

それぞれの役割には文書で方針を書き出しますが、その前段階として、物語のテーマを決め、キャラクター構成を考え、プロットを組み立てる作業があります。本作のフィリピンの描写は自分が実際に滞在した経験をもとにしています。物語の世界観や展開も自分が書きたいものを設計しています。AIはあくまでその実現を助けるツールです。さらに、小説を書くための基本的な技術を言語化する作業も必要です。たとえば、感情を直接書かずに周辺の描写で浮かび上がらせる手法や、AIが生成しがちな文章パターンの禁止リストなどです。AIをうまく動かすためのエンジニアリングと、小説を書くための専門知識の両方がないと、仕組みだけ作っても中身の伴わない文章になります。作業全体の中でも、この準備に特に時間がかかりました。

各章の執筆は、アウトラインの確認、執筆、レビュー、修正のサイクルを繰り返します。7章・約3万5千文字にわたって一貫性を保つために、キャラクターの状態や伏線を構造化されたファイルで管理しています。

加えて大変なのは、AIが生成した文章のブラッシュアップです。AIは定義に愚直に従います。アウトラインに「この章でこういう変化が起きる」と書くと、その通りにきれいに直線的に描いてしまう。破綻のない、しかしどこか平坦な文章です。出てきた文章を読んで、小説としての面白さと深みのために味を加える作業に多くの時間を使いました。

実際にAIと書いてみて初めて分かったこともあります。禁止パターンのリストが想像以上に効果的だったこと、同じ道を歩く場面を各章で書かせるとほぼ同じ構文が出てくること。本作のGitリポジトリには120を超えるコミットが積まれています。ワークフローの定義、試行錯誤、文章の微調整の繰り返し。その積み重ね自体が、この小説づくりでした。こうした発見についても、続きの記事で紹介しています。

AIと人間の共作は、今はソフトウェア開発の分野で最も進んでいます。この流れはこれから他の分野にも広がっていきます。人間が考えるべきことはどこか、注力すると面白いところはどこか。今後はそれらを探していきたいです。


ここから先では、第1章の実際のアウトライン、AIが生成した本文、AIによるレビューと修正提案、そして人間がどう仕上げたかを、実物を見せながら解説しています。続きは本書の巻末に記載のパスワードでお読みいただけます。

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人間が書いたもの、AIが書いたもの

第1章を例に、実際の制作過程を見せます。

人間が書いたアウトライン

各章の執筆前に、人間がアウトラインを書きます。物語の骨格、キャラクターの心理設計、伏線の配置はすべて人間が決めています。第1章のアウトラインから抜粋します。

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